「厚労省の医療DX化計画にもの申す」長野県小児科医会会報81号への投稿記事から
◎先月発刊した『長野県小児科医会会報81号』に投稿した記事です。
今年の夏に書きました。今ならもっと AI 過信の危険性をもっと強く訴えたでしょう。
『厚労省の医療DX化計画にもの申す』
北原こどもクリニック 北原文徳
先日、厚労省のG -MIS事務局からメールが来た。診療所におけるランサムウェア被害等のリスクを把握するとともに、早急に有効な対策の実施を促すため、電子カルテシステム等の医療情報システムのサイバーセキュリティ対策の実態を調査すると。当院はいまだに「紙カルテ」なのですぐに回答は終了したが、レセコンは日医のクラウドORCAで、マイナンバーカード保険証のオンライン認証もしているから対策はやはり必要だ。
光電話回線・ネットセキュリティに不案内なため、NTT東日本代理店〇〇を名乗る訪問業者の言われるままに高額なリース料でルーターや交換機を入れ替えたら、後で来た別の業者に「それ、悪徳業者ですよ!こちらの機種に変更すれば安くなります」と、さらに騙されそうになること数回。会社名で検索してもよく分からないので、最近は「電話番号検索」でチェックしているが、悪徳業者にとって無知な開業医は格好のカモに違いない。
厚労省の「医療DX令和ビジョン2030」によると、2030年までに全国すべての医療機関の90%以上に厚労省が標準化した電子カルテを導入し、情報の共有化を量ると共に、診療報酬改訂DXにより医療機関の事務作業負担を軽減するとある。患者にも医療機関にも良いことずくめのようだが、厚労省の本当の狙いは高騰する国民医療費を抑制するための監視強化と、全国の医療機関から集めた医療データをビッグデータとして国内外の民間企業に提供することにあるようだ。
先日国会で成立した「改正個人情報保護法」は、このための改正と言ってよいのではないか。アルコール飲料の売り上げが落ちつつある某飲料メーカーは、健康食品の商品開発に力を入れており、厚労省が集めたこの医療データは喉から手が出るほど欲しいに違いない。
さらにアメリカからは、パランティア・テクノロジーズがそのビッグデータ解析能力とAI活用ソリューションを武器にして創業者で会長のピーター・ティールが今年の3月に来日し、高市総理と官邸で面会している。「パランティア」とは、ファンタジー小説『指輪物語』に登場する遠くまで見通せる魔法の水晶玉の名前だ。その主力ソフトウェア「ゴッサム」は、アメリカ国防総省やCIA、FBI向けに開発された軍事・防衛・諜報分野に特化したプラットフォームで、9.11テロの首謀者ウサマ・ビンラディンの隠れ家を突き止めたことで有名になった。ピーター・ティールはバンス副大統領の最大の支援者で、バンスを副大統領に指名するようトランプに進言したのは彼だ。またキリスト教原理主義の終末思想を唱える極右思想家でファシズムも肯定するかなり危ない人物でもある。そんな彼が日本国民の厖大な個人データを虎視眈々と狙っているのだった。
なんでもかんでもIT・AIで本当によいのだろうか?
確かにAIの翻訳機能は素晴らしくて、僕がむかし四苦八苦した抄読会の英語論文も、いまの若い先生はタイパ・コスパよく軽々と読みこなし、パワポのスライド原稿もあっという間に出来上がるに違いない。紹介状の返書や入院のまとめもAIが書いてくれるようになるのだろう。しかし僕らがこうして便利に使うAIのために、世界中の巨大なデータセンターが昼夜休まず稼働しており、その消費電力は現在毎時448テラワット(フランスの年間消費量に匹敵)だが、2030年までには毎時945テラワットと倍増し、世界全体の総電力消費量の約3%を占める見通しとのこと。またセンターのコンピュータ・サーバーを冷却するために必要な水の総量は9兆3千億リットルにも達し、アフリカに住む13億人に生活用水に匹敵すると、国連大学は警告している。
最近はすべてがタイパ・コスパ重視で、誰しも分からないことがあると何でもすぐAIに訊いて直ちに「言語化」してもらう癖がついてしまったのではないか?
「ネガティブ・ケイパビリティ」という言葉がある。19世紀初頭にイギリスの詩人キーツがこの世で初めて口にした言葉だが、若き哲学者谷川嘉浩氏は「モヤッとする答えの出ない、言葉にできないことを、ずっと裡に抱えていくこと。無かったことにしてスルーせず、AIに安直な回答を訊くでなく、言語化を焦らず耐えていくこと」と解説する。
今国会では、デジタル教科書を紙と同様に正式な教科書とする改正学校教育法が成立した。ところが、世界でも先駆的にタブレット端末を授業に導入してきた北欧スウェーデンでは、2022年の15歳対象の学習到達度調査で、読解力と数学の平均点が2018年に比べて大きく下がったため、急速なデジタル化が子供の学力低下につながっていると懸念する声が強まり、逆に紙の教科書を復活させる取り組みが進んでいる。また、先生が黒板に板書したものを生徒がノートに手で書き写した方が明らかに記憶の定着率が良く、理解度が高まるとの報告もある。
今年の東大入学式の祝辞で、劇作家・演出家の野田秀樹氏はこう言った。
「AIこそ記憶の化け物。AIは、この地球上にあるあらゆる人間が記録したものを記憶し食べつくして、しかも迅速に次第に正しい記憶だけ、より良い情報だけを取捨選択し生かして正解を出していく。2045年にはAIに人間が超えられると言われているが、それはあくまでもintelligence知能、人間の脳の部分。でも人間は脳味噌だけで生きているのではない。人間には知能以外の身体、肉体がある。けれどもAIには体がない。これこそがAIの最大の弱点。だから、懸命にヒト型ロボットを作っている。
肉体はたくさんの不便を抱えている。でもそれこそが人間の人間たるゆえんで、その最たるものが『老い』であり『死』。AIにとって『死』はどんな意味を持つのか。少なくとも人が感じるような身体を通しての『恐怖』や『絶望』や『達観』はない。
また、創作を通じて『喜ぶ』身体がない。愛情にしてもAIには体がないから体験がない。だから『初恋の切なさ』を知識としては理解できても、その『切ない心』はわからない。身体がないからだ。
肉体を持たないがゆえに、AIは時に間違った決断をするはずだ。身体に根差した『心』を持っていないAIが生みだす答えは、極めて効率的なものになる。例えば『戦争』に直面した時はどうか? 身体があるからこそ感じる『死』に対する恐怖や、親しい者への『愛情』など度外視したところで、AIはゲームに勝つ理論で最も勝利するために効率的な作戦を考えるだろう。」
夢の遊民社やNODA MAPのお芝居は、たしかに「身体性」こそが命であり、決してヒト型ロボットには演じられまい。

